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10年イシウエのブログ~とりあえず今日を生き抜きたいからっ!~

”凡人”10年イシウエがそれでも生き抜くために日々摂取している『心の栄養素』あれこれを書き綴っていきます。

”貧乏な家庭は子供が育てばいい、それで満足しなよ”って言われるとなんかむかつくなぁ、という話

独り言

こんな記事を読みました↓

 今の世の中、子供一人を大学まで通わせるのに必要な額はおよそ3000万。それを基準にしてしまうと子供を育てることに怖気づくのは当然。

終戦直後の日本は皆、子だくさんだった。その頃は子供を食べさせることで精いっぱい。それでも子供は育っていた。

年収350万円のひとが子供を持つには、発想の転換が必要。塾や習い事もなし、大学はいかないか、ネットでタダのもので学ぶ。大企業に入ることは諦める。単に子供が育てばよい。それで満足する。それでも子供を持つことの喜びは計り知れないでしょう。私たちはもう一度、終戦直後の感覚を取り戻すべき。若者は貧乏になったのですから、貧乏でも子供を生めるように発想を転換していくべき。

 

うわっ…なんつう極論。てかこれ書いた人バカ?

 

終戦直後の日本は皆横並びに貧乏だったんじゃないんですか?だから”自分たちだけが貧乏”つう劣等感を感じずにすんでたんじゃないですか?

 

我々が生まれた頃はすでに日本人全体の生活水準が富士山でいえば5合目くらいにあったわけです。皆が一様に一番下から徐々に上っていくのと、5合目くらいから上がる人もいれば、下がっていく人もいるのとでは全然感じ方が違うでしょ、つう話ですよ。

 

まぁビックダディーじゃないけど”貧乏でもOK!毎日が楽しいから~”って発想の転換して開き直れたらいいけど。多分無理。だってちっとも楽しくないもん生きてて。

 

だって年収350万以下で暮らす私は

マイホームを持つことも、年に一度の海外旅行も、普通車持つことも、年老いた両親をケアの行き届いた老人ホームに入居させることも、なんならペットを飼う事すら諦めてますから。金銭的な理由で。

 

現に年収350万以下の生活してる私が言うんだから間違いないです。

 

親の購入した築30年以上のアパートに家族3人で暮らしてますから。泊まりの国内旅行もほとんど行けませんから。オヤジが7年前に死んだときの保険金でやっと軽自動車買いましたから。今はなんとか自力で歩ける母(78)ですがいつ何時寝たきりになるか…考えただけで憂鬱になりますから。8歳の一人娘にペットをねだられますが、エサ代や病気したときの治療費など考えると二の足踏んでますから。

 

だからマイホーム持って幸せそうにしてる友達見ると内心殺意抱いてますが?劣等感ハンパないですが?

 

…本当はあと一人子供作ろうか考えましたよ、だけど年収350万以下だから。今後劇的に収入が上がることもないだろうから。これ以上子供を育て上げられる余裕がないから。やっぱ諦めました。

 

『いや、そんなことないだろ。無理に大学に行かせようと考えなりゃいい。贅沢しなきゃいい』というのも一理あります確かに。

 

ただ最終学歴が高卒の私が今痛切に思うのは、やっぱり大学まで行ってたほうがいざ社会に出る際の職業選択の幅は間違いなく広がるわけですから、娘にも出来ればそうゆう機会を与えてやりたいと思うんですよ、ええ。

 

それを”貧乏人の子は大企業に入るのは諦めて、貧乏で生きなさい”ってバカでしょ。

 

…まぁ大企業に入ったから安泰、というわけではないと思いますよ今後は。娘が成長したときに天賦の才能や早々と手に職つけて生きる自立心があれば一番いいですけどね。

一番ダメなのは年収350万以下の会社しか入れないことです、私みたいに。

 

ふう…結局愚痴みたいなこと書いてしまいました。だけどこのよく年配者の方々が言いそうな”終戦直後は貧乏だった。今は食うに困らないだけ幸せだ”つう論法がマジ一番むかつくんですわ。

 

 

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