10年イシウエのブログ~とりあえず今日を生き抜きたいからっ!~

”凡人”10年イシウエがそれでも生き抜くために日々摂取している『心の栄養素』あれこれを書き綴っていきます。

SNSなんか捨てちまえ!ぼっちの福音書”ひとりぼっちを笑うな”

こうゆうニュース知ると、つくづく”私が10代の頃、SNSがなくてよかった”と思います。


LINEいじめ?熊本で女子高生自殺 - goo ニュース

私の高校時代は全く楽しいものではありませんでした。元々一人っ子で育ったためか人の輪に入るのが基本苦手、ましてや人とどうやって親密な関係を築くことができるかなんて未だもって分かってない私なので、親友と呼べる奴もいなかったし彼女もできなかったし、また毛深いこととか腋臭とか身体的なコンプレックスにも悩んでて、まぁとにかく毎日学校に通うのが苦痛でしかなかった。ずっと孤独感を抱いていた。

 

それは高校3年には級友に恵まれて少しは改善されたんだけど、もう一度あの頃に戻りたいか、と言われればやっぱり速攻拒否したい。

 

だから今のようにLINEなどのSNSがもしあの頃存在してたら…と想像するだけで背筋が凍るくらい身震いしますよ。だって心底嫌な学校の人間関係が家に帰ってまで続くんですから。家に帰ったら嫌なことからもリセットされてたからなんとかあの頃を生き抜けたんだから。

 

私、LINEやってないんでいまいちわからないですが、”グループトーク”つうのがあるんでしょ?それも嫌だ~、だってグループに参加できない、そんな友達いない自分に対してますます劣等感を感じることになるし、もし参加するグループがあったとしても連絡メールを既読したのしてないの、と気を使わなければならないなんてうんざり。

 

今現在、私も御多分にもれずtwitterとFacebookはやってるんですけど、それすらもたまに辞めようかと思う時ありますもん。あれってなんだかんだいって『どこそこで美味しい食事食べた』だと『こんなところに旅行に行った』だの『仲間とBBQした』だの自慢話が多いじゃないですか。もうそれが普段誰からも連絡のない寂しい毎日を送っている私にとっては苦痛でしかない(笑)『人生エンジョイしてんじゃねーよ』と怒りすら覚える。

 

まぁとにかく今の若い子たちはえらく窮屈な人間関係の中で生きてるなぁ、と同情心すら沸いてきます。LINEの中の狭い世界だけが全てじゃないのに…そんなんで命落とすなんてもったいなさすぎですよ。

 

そういえばこの本買いました。やっぱりタイトルに惹かれまして。

ひとりぼっちを笑うな (角川oneテーマ21)

ひとりぼっちを笑うな (角川oneテーマ21)

 

” 自由に生きるため、他人の自由を尊重したいため孤独を愛する男”、蛭子能収氏の人生哲学が詰まった本。極端なようで意外にも(?)まっとうな主張が多くて、正直”いつもヘラヘラ笑ってる得体のしれないオジサン”だった蛭子氏のことを少し見直しました(←エラそう)

 

 グループが恐ろしいのは、そのグループ内の話だけではありません。大概のグループは、自分たち(自分たちのグループ)を他の人たちと区別しますよね。つまり、自分たちのグループに属してる人と、そうでない人を明確に区別しようとするんですよ。

いじめの話もそう。自分たちのグループに属していない誰かをいじめることによって、グループ同士の結束を深めるような、そんな傾向があります。いじめっていうのは、大体集団でやるものですからね。共通の敵を作ることによって、その、”歪んだ絆”を深めていくわけです。

”ひとりぼっちを笑うな”より

まさにその通り、だと思いますし、また常にひとりぽっちで”外野”にいて人の輪を遠くから見つめていた人ならでは、の視点でもあると思いますね。

蛭子氏の言うとおり、いじめって人間であるが故に起こってしまうことなんですよ残念だけど。全部とは言わないが集団の中で生きていく上で避けて通れないことかもしれない。もし悪いことにいじめられる側になってしまったら自分で自分を守るしかない、ひとりぼっちになったからってむやみに卑下する必要などない、と思える強い心、というか一種の楽観主義を保ち続けれるか、というのはとても重要なことだと思うのです。

 

とにかく昨今の”繋がり偏重主義”、”友達がいない、少ない”ことが可哀想だね惨めだね、という空気にどこか違和感を感じていた私にとって、この”ひとりぼっちを笑うな”は多くの勇気を与えてくれる書でありましたよ。ちょっと大袈裟だけど。世の″ぼっち君・ぼっちさん”は読んでみたらいいと思うよ。

 

※アメリカ文学界一の”ぼっち野郎”、ポール・オースターの名作。

ムーン・パレス (新潮文庫)

ムーン・パレス (新潮文庫)

 

 


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