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10年イシウエのブログ~とりあえず今日を生き抜きたいからっ!~

”凡人”10年イシウエがそれでも生き抜くために日々摂取している『心の栄養素』あれこれを書き綴っていきます。

写真家・大橋仁氏の”2015年1/8 メッセージ”を読んで

前回のエントリーえげつない写真”をアートと言い張る大橋仁氏に時代錯誤を感じる、というお話 - 10年イシウエのブログ~とりあえず今日を生き抜きたいからっ!~”が思いの外多くの人に読まれたこともあるし、当の大橋仁氏が今回の騒動後はじめて自らの見解をブログに書かれていたので、その文章を読んで率直に感じたことを記しておきたい。まぁ誰に頼まれたわけでもないですが、書いておかないと私的にむずむずした感じが残るので。

 


1月8日 | メッセージ

 

実は私、今から14,5年前数少ない海外旅行経験としてタイはバンコクに行ったことがあるんです。その際いわゆる歓楽街にも足を運んだんですが、大橋氏が訪れたような”一つの部屋に小さくとも30~50人、大きい所では100~200人ほどの女性が待機しているような”売春店の光景は見ることができませんでした。(というか歓楽街のいかがわしい雰囲気に怖気づき、早々と立ち去ったからなんですけどね)

 

なのでその異様ともいえる光景が日本で暮らす者にとってどれほどのインパクトなのかは想像するしかないのですが、

店の基本的な形として、大小様々だが建物の内部に金魚鉢と呼ばれる女性達の客待ちスペースがあり、そこはガラス張りだったり、そもそもガラスの仕切りが無い店もある。女性の容姿がわかりやすいように待機スペースはひな壇型に作られていて、女性達は番号札をつけ、裸の状態ではなく、衣服を着た状態で、ひな壇に座って客を待つ。

 

この文章を読んだ限りだと、なんだかスーパーの食肉コーナーみたいで女性を商品同然に扱ってるようにしか見れないな、と。で、そんな光景を目の当たりにしたら私だったら『ここにいる女性たちは不憫だな』と感じるだろうな、と思ったんです。『偽善者面すんなよ!』と思われるかも、ですけど。

 

対する大橋氏はそこに『得体のしれないエネルギーを感じてしまった…その渦の中に飛び込んでみたい、という思いが沸いてきた』と。彼女たちに対する憐れみや悲しみの念よりも(ちょっとは感じたかも、ですが)、そこで大規模に行われている男女の性行為の生々しさにどうしようもなく表現欲求を触発された、と。

 

うん、やっぱ私には理解できないわ。以上。

 


人権侵害に言い訳はない - c71の一日

 

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あと大橋氏のブログでは問題の”金魚鉢と呼ばれる売春店での無許可撮影”の前に、お店に許可をとってセックスワーカーの女性を一人一人撮影した、というエピソードがあって

そこで出会った女性達の表情は、屈託がなく、軽やかで、とても美しかった。

 

 と書いてあるんだけど、そりゃそうだろ、それは彼女たちは日本から来たカメラマンが自分たちを綺麗に撮ってくれる、金魚鉢で十把一絡げではなく人間として扱ってくれたことが単純に嬉しかったんじゃないか?と思うんですよ。そのことに大橋氏は気づいていたのかな?または気づいていたけど己の表現欲求には勝てなかったんでしょうか?

 

世間の常識やら規範やら倫理観に囚われないのは実に結構、と思うんです。ただ人としての痛みや悲しみにも敏感であってほしかった、だってそうゆう感受性もアーティストとして必要なんじゃないのかな、と思った次第なのです。

 

ブラックアジア 売春地帯をさまよい歩いた日々 第一部 カンボジア・タイ編

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アジア売春街と麻薬地帯体験記 (DATAHOUSE BOOK)

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