読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

10年イシウエのブログ~とりあえず今日を生き抜きたいからっ!~

”凡人”10年イシウエがそれでも生き抜くために日々摂取している『心の栄養素』あれこれを書き綴っていきます。

年老いた母の買い物に付き添う日がとうとう来た、というお話。

私の母は36歳の頃に私を産んでいるので現在79歳になっています。今では30代後半に初産というのもそれほど珍しくもないでしょうが、母親の年代では珍しかったんでじゃなんでしょうか。

 

ともかく高齢になってきた母、数年前より悪かった膝の調子がいよいよ思わしくなくなってきまして、また私たちが住んでる家が高台にあり周りになにもないので、毎週末車に乗せて買い物に連れて行くようになりました。(私たちは古いアパートの部屋にそれぞれ住んでいるので、食事も別々に作るのです)

 

つい最近まで自分でバイクに乗って買い物に行っていたのですが、いよいよ『運転が怖い』と言い始めたのです。確かに80歳近くになればそうなるのは当然でしょうが。

 

 

 

しかしこれがまた面倒なんですよ、本音を言えば。母一人ではヨタヨタしてて買い物袋を持って歩くこともできないので、いちいち付き添わないといけないし。買い物してやっと家に帰ったのに買い忘れたものがある、とか言い出すし。私も仕事が休みのときはあれこれやりたいこともあるし子供の世話もある。だけど母のために時間を作らないといけない。

 

子供は私一人なので親の世話をするのは当然だし、それこそ介護とかになったらこれ以上の負担になるわけで、それから比べたらまだ大したことないんですけど。やっぱ面倒ですよ。うん、面倒だと心の中で思うくらいはいいでしょ?

 

そんな私の気持ちを察していつも母はゴメン、と謝ってきます。しかしそんな言葉にも『だったらせめて自分で買い物に行けるくらいは足腰を丈夫にしておいてくれよ…』と思ってイラっとするんですよね。我ながら小さいね器が。

 

 

器の大きい人、器の小さい人

器の大きい人、器の小さい人

 

 

 

…でもなんですね、こんな親の姿を見てるにも関わらずいざ自分が将来歳をとった後のこと、つうのは案外考えないもんですね。なんの疑いもなく『私は死ぬまで体も元気で誰にも迷惑をかけない』と思っている。

 

いや実際は不安をかき消すためそう思い込んでるだけかもしれない。『私はこうはなりたくない』と。だけど好き好んで体が不自由になる人なんていないわけで。図らずもそうゆう不測の事態になったとき、つうのもどっかで覚悟しとかないといけないよなぁ…なんて思うのです。

 

う~ん今日のエントリーはいつにもましてとっちらかってるなぁ…だって”老い”って問題って自分の思惑だけではどうにも解決できないから、いくら考えても答えが見えないもんな。普段信心深くないくせにこうゆうときだけ『年とっても元気でいれますように』ってお祈りしたくなるなぁ(笑)

 

 


日記・雑談 ブログランキングへ