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10年イシウエのブログ~とりあえず今日を生き抜きたいからっ!~

”凡人”10年イシウエがそれでも生き抜くために日々摂取している『心の栄養素』あれこれを書き綴っていきます。

【友だちのいない地元で暮らす】という問題について考えた

本・漫画 友だちがいない 独り言

ここ数年、ずっと心に思ってることがある。内心ずっとモヤモヤした気持ちを抱えて暮らしてる。

 

いや正確に言うと、物心ついた思春期の頃から、そして故郷に帰ってきた26歳からは、ますますそのモヤモヤ感が増してきているなぁ、と。

 

私には『友達がいない』。あれ?なんかこれに似たフレーズのアニメなかったっけ?…まぁいいや、ともかく今の私には「ちょっと今、暇?どっかで集まらない?」なんて気軽に声をかけられるような友達が、とにかくいないのだった。

 

 

僕は友達が少ない 柏崎星奈 (1/8スケール PVC塗装済み完成品)

僕は友達が少ない 柏崎星奈 (1/8スケール PVC塗装済み完成品)

 

 

 

逐一予定を合わせなければならない仲間がいないのだから、わざわざLINEなどやる必要もないし、Facebookにはイベントのお誘いくらいしかこないし、スマホはもっぱらお気に入りのサイトや、はてブや、ニュースなどの情報を閲覧するためのもので、最早、家族と連絡を取る以外で誰かと話すものではなくなっている。

 

以前は友人関係を増やすべく、mixiのオフ会に顔出したり、地元の音楽関係のイベントに通ったりしていた。しかし、そんなとこに通うこともめったにしなくなって久しい。だって結局、微妙な間柄の”顔見知り”はできても友達はできなかったんだもん。

 

高校を卒業後、即上京。東京に4年、その後福岡に4年と一人暮らしをしていた20代の頃、まぁ元々内向的で自分からアクティブに連絡取って…というタイプではなかったんだけど、そんな私でも少ないながら友達がいて、深夜のファミレスで延々くだらない話で笑いあったり、長電話したりしてた時期もあったのだ。あぁ、あの頃が懐かしい…ふと気がつくといつもそんなことを考えては、なんともしれんフラストレーションで日々悶々としている、そんな中年になってしまったのだった。うわ〜ん!!

 

 

さて先日こんな本を読んだ。

 

友だちリクエストの返事が来ない午後

友だちリクエストの返事が来ない午後

 

 

 

アマゾンさんのお勧めにこんなタイトルの本が出てきたもんだから、ついつい買ってしまったよ。『友達おらんなぁ、淋しいなぁ~』という私の心のうちを見透かされていたのだろうか?(苦笑)

 

それはそうと、この本を読んでみて、”友達のいない”ことを考える上でいろいろと腑に落ちる点が多々あった。つうか自分でも薄々感ずいていたことを、著者・小田嶋隆氏が書いている数々の言葉で改めて補強した、とでもいうべきか。

 

 

 まず一応、今回は”日本の男”と限定させてもらうけど、我々にとって”友だち”と単なる”知り合い”とでは何が違うのか?どこで差別化をしているのだろうか?と考えると

 

特に、男性であるわれわれが心に描く「友だち」の心象は、利害を超越した、絶対の信義と生死を共にする存在。

 

と、まぁここまで言うと大げさに聞こえるけど、結構真をついているな、と感じる。要するになにかしらの”仮想敵国”と闘う”同志”という心境を共有する同世代の人間じゃなければ「友だち」とは思えないのではないだろうか?というわけ。

 

例えば、学校の先生や先輩、または異性全体や秘密結社じみた自分たちグループ以外のものたちを一旦敵とみなすことにより生まれる”共犯関係”。

 

さらに今の平和な日本においては、社会という荒波に一歩踏み出す冒険前夜、不安と恐怖を内に秘めた10代の頃に知り合った仲間たちの強い結びつきの中からしか「友だち」という一種宗教的な思い込みは生まれ得ない。

 

それをもっと端的に言うなら

 

もしかすると、友だちは、学校という施設の副産物だったのかもしれない。 

 

友達のいなかった中・高時代に嫌気がさして、新たな関係を求めて地元を離れ、せっかくできた友人関係を断ち切り、再び地元に舞い戻ってきた私のような者は、もうそうした意味での「友だち」を得るチャンスを早い段階でフイにしていたわけで。今更ウダウダ悩んでるのは手遅れもいいとこだったんだな、と。

 

地元に暮らす男たちの友情は、なんだかんだいっても学生時代からの気の知れた間柄で固まってて、部外者が入っていける余地はない。かといって趣味を通じたサークルに飛び込んで新たな友人関係を作るのは相当なコミュ力が必要。なおかつ仕事上で出来た友人は、いかに仲が良くてもどこかに利害関係が絡んでいる手前、やはり友情には結び難い。

 

いやぁ八方ふさがり、だよな。

 

しかし小田嶋氏はこうも綴っている。

 

思うに、これは男たちの仲間意識が、ある「幼さ」を含んでいることと関連がある。…われら日本の大人の男たちの友情は、一時的にであれ、童心に帰ることによってしか回復・維持・展開できないものなのだ。

 

 そして

 

「成熟」とは友だちが要らなくなることである。

 とさえ言っている。

 

これについては、これ以上引用を続けていてもなんなので次回に譲ります。このブログでは今後もこの本を取り上げるつもりだけど、もし興味のある方は是非読んでみて下さい。さすが気鋭のコラムニストの書く文章、唸りますよ。

 

…というわけで、私自身はこの本でちょっと救われた、というか、少なくとも『もう”友だちがいない”ことを思い患う必要もないかもなぁ。だってもう成熟した大人だかんね!』と思えた。もう”ない物ねだり”もいいとこ、だったなぁ、なんて。

 

でもね…

 

やっぱりね…

 

友だちのいないふるさとで暮らすのは、なかなかキツいことだ。

 

いや、ほんと。

 

友だちはいらない。(TV Bros.新書) (TOKYO NEWS MOOK 481号 テレビブロス新書 1)

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