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10年イシウエのブログ~とりあえず今日を生き抜きたいからっ!~

”凡人”10年イシウエがそれでも生き抜くために日々摂取している『心の栄養素』あれこれを書き綴っていきます。

父の延命治療を断った母にインタビュー

私の父が亡くなったのは今から10年ほど前。享年60歳でした。

 

亡くなる12.3年前、はじめは瞼がやたらと腫れぼったくなってきていて、おかしい、ということで病院で診てもらった結果、難病である”筋無力症”だと診断されました。その後は年を追うごとに、瞼が完全に開かなくなる→手の力が衰える→自力で立てなくなる、と病状が悪化していったのです。(私の結婚式のときは車椅子に乗ってたな)

 

加えて父は、元々糖尿病持ちで薬を健常者と同じくらい摂取することができなかったのもあり、亡くなる4.5年前からは完全に寝たきり状態に。病院と自宅の入退院を繰り返していました。

 

父より8歳年上の母は、入院している時は遠方の病院まで毎日着替えを持っていき(父が毎日来てくれ、と頼んだらしい)、自宅にいるときは体が思い通りに動かないこともあり怒りっぽくなっている父の小言に耐えながらのお世話(もちろん下のお世話も)と、それは献身的な看病を続けていました。

 

しかし、いよいよ病状が深刻になり、とうとう意識がなくなってしまいました。かろうじて息はしているものの意識の回復は見込めない。そのとき母はお医者さんに『延命治療を行いますか?』と訊かれたそうです。

 

母は延命治療を断りました。というのも父は意識がしっかりしている頃からわりと何度も『俺は(延命治療してまで)生き延びたくない』と私たち家族に意思表示をしていたから。

 

私たちの終わり方―延命治療と尊厳死のはざまで (学研新書)

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…今日、母といるときにふと思い立ってこんな質問をしてみました。

「もし父が”延命治療をしなくていい”と事前に意思表示してなかった、としたら、あなたどうしてた?」

 

文字通り”生ける屍”状態になった父を生き延びさせるか?それとも衰弱死させるか?その判断を母自身でしなければならない、となったらどうしたのか?…そういえば今までこんなこと考えてもみなかったので、あえて聞いてみたのです。

 

もう歳なのかなんなのか、自分が人の生き死にを決定する当事者になる、という意味が分からなかったのか、私の問いの真意がなかなか伝わらなかったらしく、何度か堂々巡りの会話を続けたあげく、やっと母が答えたのは「延命治療、続けてただろう」でした。

 

「長い間、看病してきて情が移ってるから、なるだけ長く生きて欲しい、と思っただろうなぁ」とのこと。

 

 

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「欧米とかじゃ、自力で食べることができなくなった患者に延命治療をすることが”虐待”だという考え方が広まってるから、そもそも寝たきり老人がいないらしいよ」と私が話すと、「いや、でも、そんな冷たいことはできない。私はお父さんが”やめろ”と言ってたから延命治療しなかっただけで…」と一度は否定したものの、「そうねぇ…自分が生きてるのか死んでるのかも分からないのに、無理に生かすのも可哀想なことかもねぇ…」と納得した様子、でしたが。

 

寝たきり老人を抱える家族側の事情もある。「命があるのに見捨てた」と後ろ指さされたくない思いや、親の年金を当てにして生活しているため長生きして欲しい動機もある。

 

”まだ息をしている=生きてるのに”自分の一存で死なせてしまう事に対する罪悪感を母は背負いたくないんだろうな、と思った。母に面と向かっては言えなかったけど。もちろんその気持ちは分かる、だけど…

 

「生きているだけで嬉しい」という家族がいるが、本人のことは考えないのかと。寝たきりで、家族の顔も分からない。しゃべれず、食べれず、何年も入院をし、痰の吸引や気管チューブ交換のたびに体を震わせて苦しんでいる。家族の思いは尊重すべきだというが、本当にそうなのか? 家族はそれで満足かもしれないが、家族のために生かされている本人はどうなのか?

 

現行の法律では、人工呼吸器を一度取り付けると本人の意思を確認できない限り外せない、そうです(もし違っていたらご指摘ください)。当たり前ですが、その時点で本人の意識がなく、周りの家族が呼吸器を取り付ける決定をしたなら、本人が生物的に死ぬまでは、ずっと寝たきり。正直言えば私はかなり違和感をおぼえます。意識がない・自力で食べれない・呼吸もできない、そんな状態のまま、それでも生かし続けることになんの意味があるのか?「お前に情というものはないのか!?」「寝たきりになったら、さっさと死ね、というのか」と言われるかもしれませんが、ほんとナンセンスだとしか思えない。

 

欧米に寝たきり老人はいない - 自分で決める人生最後の医療

欧米に寝たきり老人はいない - 自分で決める人生最後の医療

 

 

人口が減り続けているのに少子化への決定的な対策もなく、移民受け入れも積極的ではない。景気浮揚で税収を増やすのも頭打ちは目に見えてる、なのに医療費は増大する一方の日本。老人を敬うのはもちろん大切なこと、だけど、もし日本のことを真剣に憂慮する気持ちがあるのなら…う~ん、なんともデリケートな話なので言葉を選んでしまうわけだが、医療費の削減、という観点からいっても、”意識もなく、自力で食事・呼吸もできない寝たきり患者”を無理に生かすことの是非を早急に真剣に議論すべきだと思うのです。

 

 

追記・延命治療を断った後、父は2日後に亡くなりました。深夜『もうすぐらしいから』との知らせを受け病院に行き、父の最後に立ち会いました。スーッと心電図が水平になって死んでしまったことを確認しました。あぁ、人の死ってこんなにあっけないものなんだなぁ、と思いましたね。

 

 

高齢者を「枯らす」技術: 「食べれないので点滴してください」 外来編1

 

(↑現役の医療関係者の方が書かれているブログ。延命治療に関する現場の生々しく綺麗ごと抜きな話が興味深い)