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10年イシウエのブログ~とりあえず今日を生き抜きたいからっ!~

”凡人”10年イシウエがそれでも生き抜くために日々摂取している『心の栄養素』あれこれを書き綴っていきます。

橋口亮輔監督作品『恋人たち』を観た

プロ〇ンガス販売店勤務という職業柄、日々いろんなお客と対峙してるのだが、たまに『あぁ、この人大丈夫かな?』というか、言い方は悪いが正直『終わってんな…』と感じることも多々ある。

 

とあるアパートの給湯器の交換に行った時のこと。了承を得たうえで本人不在の状態で踏み込んだのだが、ます部屋全体に漂う黴臭さにたじろいだ。なんと8畳一間の部屋に足の踏み場もないほどうず高く大量の本が散乱している。タンスや机、本棚といった家具や家電も一切ない。そのため『一体どこで寝るんだろう?』というくらい生活のスペースがない。大家さんからは税務署勤務の中年男性が一人暮らししていると聞いていたのだが、そんな堅実な仕事からは想像もできないほど、何かが欠落してるとしか思えないような生活。

 

またいわゆる『ゴミ屋敷』と呼ばれても仕方ないような一軒家に住むお客もいる。「ガスコンロの火がつかなくなった」と連絡があったので行ってみると、まず部屋内で犬を飼ってるので、床には使い捨てのペットシートが無造作にばらまかれている光景が目に入る。『ここに入れなければいけないのか…』と憂鬱な気分と強烈な異臭にクラクラしながら台所に行くと、これまた足の踏み場もないほど様々なゴミが散乱していて、 当然コンロ周りも油汚れ等で酷い有様。調べてみるとどうやらコンロの配線をネズミがかじって切ってるようだった。『こんだけ汚い家ならネズミが這い回ってても仕方ないよ、まず片づけて清潔にしてくれ』と内心思いつつ、取りあえず使えるように応急措置をしたな、あのときは。

 

…さて、ついこの間映画を観に行った。リリー・フランキーが主演していた”ぐるりのこと”の監督、橋口亮輔氏が7年ぶりに撮った最新作”恋人たち”

 

koibitotachi.com

 


映画『恋人たち』予告編 - YouTube

 

映画の冒頭、登場人物の一人であるアツシの住んでいる部屋が映し出される。比較的新しい感じのこじんまりとしたアパート…のはずなのに実に雑然としていて不潔感が漂っている。そもそもアツシ自身の容姿も顔は幼さすら残る若者なのだが、無精髭でだらしなく太っていて怠惰な雰囲気が充満している。

 

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物語が進行するにつれ、実はこのアツシ、3年前奥さんを通り魔事件で亡くしていることが解ってくる。自暴自棄になり仕事も転々とし、今は橋を点検する会社で働いているのだが、犯人を糾弾するために少ない給料から多額の弁護士費用を捻出しているので、保険も払えないほどに貧窮しているのだった。

 

アツシの部屋の様子を観たとき『あぁ、この光景見覚えある』と思った。それは冒頭に書いたように、日々の仕事の中で見てきた、自分の人生にどこか捨て鉢になってる人たちの棲家そのものだったから。

 

 この映画には、アツシの他に2人の主役級の人物が登場する。東京近郊の街で暮らすしがない中年主婦・瞳子とバリバリのエリート弁護士でゲイの四ノ宮。アツシは明らかに”人生の危機”状態であり、そして人同士の繋がり、愛からも疎外されているのだが、他の2人も程度の差・本人の自覚の差はあれ、一般的な愛情から程遠い生活を送っている。”恋人たち”というタイトルは、実はかなり皮肉なものになっている。

 

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 ストーリーはさておき、映画を観ながら思わず唸ったのは、彼らの生活を描写するディテールが実に細やかで普通の映画では観られないような真実味があったこと。

 

例えば、前日の残りのゴチゴチになったカレーのルーを、鍋からおたまで直接食パンになすりつけるアツシ、とか。瞳子の姑が、台所のコンロ周りの壁にスーパーから買ってきた食材に巻いてあったラップをそのまま張り付けてる、とか。四ノ宮が恋人と起こす些細な喧嘩の理由が壊れたシャワーヘッドをそのままにしていたこと、とか。

 

保険が払えないアツシが保険事務所で職員と口論になるシーンなどは、これぜったい実際に体験していないと書けないだろうな、と思えるほどリアルだったし(インタビューで読むと、この7年の間、橋口監督自身がかなりの貧窮生活を強いられていた時期があった、とのこと)、ずっと恋心を秘めていた男友達から、ある疑念をきっかけに急に距離を置かれてしまう四ノ宮も、もしかしたら監督の実体験を反映したのかもしれない。

 

それからすると、雅子妃のおっかけをしているときが一番充実している、冷え切った関係の家族の中で淀んでいる瞳子の造型は、確かに興味深くはあったのだけれど、どこか”とってつけた感”、というか他の二人よりはリアリティーの薄さを感じてしまった。異性である瞳子には監督の心情をそのまま投影できず、想像に頼る部分が大きかったんじゃなかろうか、と。これは女性の意見を是非訊いてみたいもんですが。

 

とはいえ、その瞳子を演じた成嶋瞳子という女優さんは圧倒的な存在感だった。”ここではないどこか”に絶えず憧れながらも、日々の雑事に追われ、誰にも読まれない稚拙な小説を書くことくらいしかできず、馬鹿な男に引っかかる、ある意味”汚れ役”とも思える瞳子を文字通り体当たりで演じていて素晴らしかった。

 

素晴らしい、といえばアツシの職場の先輩役で予告編でも印象的な黒田大輔という男優さんもよかったことを声を大にして言っておきたい。このちょっと愛嬌のある顔をした俳優さんが篠原篤扮する泣きじゃくるアツシに語るセリフ「人殺しなんてしちゃダメだよ。だってこうして話ができなくなるじゃん。僕は君と話したいよ?」には本気で泣かされた。

 

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死にたいほど苦しんでる人に対し「悲しむ人がいるよ」とか「いつかいいことあるよ」とかその場を取り繕うような言葉より「僕がもっと君と付き合いたいから止めてくれ」と言うのは同じようで全然違う。相手の存在を真正面から引き受ける勇気と優しさがあるのだ。多分このセリフに少しでも感じるところがある人ならこの映画は絶対にかけがえのないものになるに違いない、と思う。 

 

この映画は、作り手自身と演じた俳優陣の心の奥底に残った生の感情がセリフや描写の一つ一つから滲み出ている。思えば橋口監督の映画は全てそうしたプライベートな感情が組み込まれているのだが、今回は更に純化と深化されている、というか。

 

social-trend.jp

 

そしてそんな切実な想いの先にある『それでも生きていく』という崇高な決意、その強さと重みが我々観る者にも清々しい勇気を与えてくれるのだ。今年はこれと”野火”に出会えてよかった。まだ日本映画は死んでなかったよ。

 

 

pff.jp

 

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無限の荒野で君と出会う日

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