10年イシウエのブログ~とりあえず今日を生き抜きたいからっ!~

”凡人”10年イシウエがそれでも生き抜くために日々摂取している『心の栄養素』あれこれを書き綴っていきます。

映画『沈黙~サイレンス~』をやっと観れた!

今から10年ほど前、遠藤周作の『沈黙』を読もうとしたことがあった。その頃アメリカの映画監督、マーティン・スコセッシが映画化を目指しているというニュースを知ったのがそもそものきっかけだった。

 

沈黙 (新潮文庫)

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彼の代表作である『タクシードライバー』に衝撃を受けた高校の頃から、ずっとファンだった私としては、元々映画監督になるまでは牧師を志していた、というキリスト教のバックボーンが色濃い彼が日本人作家の原作で日本を舞台にした切支丹弾圧のお話を真っ向から撮る、ということに興奮を覚えていた。

 

 

タクシードライバー コレクターズ・エディション [SPE BEST] [DVD]

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そんなことからまずは原作読まなきゃ、と本を手に取ってはみたのだが…実を言うと途中で読むのを止めてしまい今に至っている。

 

その理由は後から述べるとして、実に構想から28年の月日を費やしとうとう完成したスコセッシ版『沈黙』をつい昨日観てきた。

 

 


『沈黙‐サイレンス‐』日本オリジナル予告

 

 

製作までにひじょうに長い年月がかかったことを、さかんに宣伝文句として使われてる印象なのだが、ことこの映画に関してそれが誇張ではないことは、この10年近く断片的に伝えられた数々の報道から間違いない事実だと思う。

 

そもそもほぼ日本人キャストで、宗教をテーマにした歴史劇をハリウッドで製作すること自体容易ではないはずだし、実際なかなか製作が進まないことに関してスコセッシは製作会社から訴えられてたり、またようやく撮影がはじまってもスタッフが事故で死亡したり、なんていう最悪の事態も起こっている。そうした情報を知った上で鑑賞したので、今はほんとにスコセッシ、この映画を撮り上げてくれてありがとう!と言いたいくらい、ほんとにそれくらい見応えのある作品に仕上がっていたのが嬉しかった。

 

matome.naver.jp

 

 

禁教令が敷かれ、し烈な宗教弾圧が行われていた江戸時代の長崎に上陸した二人のポルトガル宣教師が経験する悲劇。人間にとって信仰とは何か?を観る者に問う内容は、とかく宗教意識が希薄な現代の日本人にとっては一番苦手なテーマなのかもしれない。

 

かくいう私自身、かつて原作にチャレンジしたものの挫折したのは、自分の生死を賭けてまで信仰に殉じる彼らの姿にやはり心からのシンパシーを感じなかったからだ。

 

「踏み絵くらいとりあえず踏んどきゃいいんじゃない?」

 「キリストじゃなくても御釈迦様でもいいんじゃない?同じ神様なんだろうし…」

 

しかしこの歳になって思う。産まれたときからずっと栄養失調状態、貧弱な土地で過酷な年貢の取り立てに苦しみ、自由も明るい未来の展望も200%ありえないあの時代の貧しい人たちにとって、現世で徳を積めば天国に行けると説く、海の向こうの遠い国からきたキリストの福音がどれだけ救いになっただろうか、と。自分を現世の地獄から救ってくれる神様を踏みつけにしなければならない痛みはいかほどばかりであったか、と。それを少しは自分なりに想像できるくらいは大人になったよ。だってまぁサラリーマン稼業も片足は牢獄に突っ込んでるようなもんだからね(苦笑)…

 

ただこの映画で興味深かったのは、そんな底辺で生きる切支丹たちの心情に寄り添いつつも、幕府側がなぜここまで過酷な弾圧を行うかもひじょうに理性的に語らせているとこだった。イッセー尾形扮する妙に愛嬌のある井上筑後守や浅野忠信扮する通辞が、アンドリュー・ガーフィールド扮する宣教師・ロドリゴに”(君たちの宗教は)この国の現在の秩序を保つためには不適当だ。だから君が心の中で何を信じようが勝手だが、この国で広めるのはやめてくれ”とときになだめすかし、ときに恫喝するシーンを見ると、確かに封建社会を維持するためにキリストを唯一神とする考え方は危険ですらあったろう、彼らの言い分も一理ある…と思わんでもない。

 

…とはいえそれは権力側の発想。地べたをはいつくばりその日その日を必死に生きている人々のゼウス、キリストに対する怖ろしいほどのひたむきさと執着心には心打たれるものがあった。そしてそんな姿を文字通り”魂を削るような”演技で魅せてくれていた塚本晋也笈田ヨシ等の日本人キャストには圧倒された。

 

特に現代日本を代表する先鋭的な映画監督でもある塚本晋也の、予告編でも強烈な印象を残す水責めシーンは映画館の大画面で観ると、もう息が詰まるほどの迫力!

 

そしてこの物語のキーマンの一人、自分の家族やロドリゴまでも密告してしまい、そのたびに自責の念にかられロドリゴに罪を告白しにくる、というなんともやっかいで複雑な男・キチジローを演じた窪塚洋介の演技は間違いなく一見の価値があると思う。彼の会見での堂々とした発言からももう日本という狭い器に収まってる人じゃないな、と。これからどしどし世界の映画界で活躍してほしい。

 


窪塚洋介、スコセッシ監督に「驚がく、偉大」 ハリウッドへのアピール見抜かれた? 映画「沈黙-サイレンス-」初日舞台あいさつ1

 

 

作品の特色上なのか、いつものスコセッシ映画のような映像ギミックはかなり抑えられていたし、環境音のみで音楽という音楽すらほぼなかったのだが、要所要所で古い日本映画へのオマージュが感じられたのが面白かった。例えば霧の中の海を船で渡るシーンはまさに溝口健二『雨月物語』であったし、鬱蒼とした草むらで村人が語るシーンなんかは、新藤兼人『鬼婆』と思いだした。無類の映画マニア・スコセッシの面目躍如といったところか。

 

 

 

 

鬼婆 [DVD]

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…さて映画を観終わった後、しばし放心状態でジョン・レノンが語った

 

『宗教は人間の苦悩を計る概念だ』

 

という言葉を思い出していた。そしてその言葉を少しは理解できたような気がした。現世で苦しみながら救いを求めて生きる人たちと、目の前で苦しむ彼らに心の平穏を与えたいと願う人たち。共に命がけの純粋で壮絶な想いが産んだ悲劇がただひたすら哀しく美しく、2時間40分という上映時間があっという間であったよ。心から言わせていただきます、必見!

 

 

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