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10年イシウエのブログ~とりあえず今日を生き抜きたいからっ!~

”凡人”10年イシウエがそれでも生き抜くために日々摂取している『心の栄養素』あれこれを書き綴っていきます。

ウェルベック”服従”から読む『個人主義のその先』

フランスの詩人であり小説家、ミシェル・ウェルベックをはじめて読んだのは、日本では2007年に刊行された『ある島の可能性』であった。

 

ある島の可能性

ある島の可能性

  • 作者: ミシェルウエルベック,クサナギシンペイ,Michel Houellebecq,中村佳子
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2007/02/28
  • メディア: 単行本
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ノイズ・ミュージシャンであり、小説家・画家でもある中原昌也が推薦していたことで知った作家だった。中原氏自体が相当くせ者の表現者なので、このウェルベックも推してはかるべし、とは思っていたのだが、その圧倒的な知識とイマジネイション、そして突き抜けたニヒリズム的思考に完全に魅了されて、日本で発売される彼の著作はほぼ全て読むに至っている。

 


西島秀俊×中原昌也(Hair Stylistics)

(↑今をときめく人気俳優・西島秀俊が中原昌也のノイズについて語ってる映像。この人、根はかなりアンダーグラウンド寄りなんだよね。ウェルベックも知ってるかも)

 

『ある島の可能性』は、現代を生きる辛口コメディアン・ダニエルとその数世紀先の未来のクローン人間の人生が交互に語られる。

 

ダニエルはコメディアンとして成功はするものの、妻との別れ、そして魅力ある年下の彼女に最終的に振られ手痛い失恋をすることになる。性に翻弄され自らの身体の衰えを感じ、なにより出口なしの孤独感に打ちひしがれるダニエルは、とある新興宗教団体に接近する。そこでは”ネオ・ヒューマン”と呼ばれるクローン人間の研究が行われていて、彼はその研究に己の体を差し出すことになる。

 

そして2000年(!)の時を経て世界は崩壊し、他者との接触が一切必要ではない、光合成で生きることのできるネオ・ヒューマンがまるで解脱したような孤立した生活を過ごしている。ダニエルのクローンである、ダニエル24はダニエルが残した自叙伝を読むことが日課となっている。愛も憎しみももちろん性も存在しない漂白した世界に生きるダニエル24は、人間的苦悩の塊であるダニエルの吐露にしだいに影響を受け、ある重大な決心をする…

 

 

10代の頃「人が人を愛する、または家族を、神を、国家を愛する…そのことにより生れる”執着”、それがひいては全ての諍い事の原因ではないか?」などと考えたことがある。愛するという感情があるからこそ、人はその対象を守り敵から退け、あるいは束縛・強制するべく限りない争いを起こすのだ、愛さえなければ人は幸せになれる!ラブ・ウィル・ティア・アス・アパート・アゲイン…とまぁ恋愛経験なしの中坊丸出しの発想なのだが、この”ある島の…”に限らずウェルベックの諸作は、こうした発想と地続きなんじゃ?と読むたびに思う。孤独をこじらせた故の、疎外され愛に見捨てられた現代ヨーロッパのインテリ中年。

 


Joy Division - Love will tear us apart - Official Video with Ian Curtis.

 

さて本国フランスでは2015年に刊行され、その発売日にあのシャブリー・エブド襲撃事件があったことでセンセーションな話題を呼んだ小説「服従」を遅ればせながら読んだ。

 

 

服従

服従

 

 

 

なにせ内容が”2022年、フランスにムスリム政権が誕生する”と言う物騒きわまりないもの、であったため、そのタイムリーさ(”大統領選の最中に銃撃戦が起こる”なんて描写すらある)には身ぶるいがおきるほどだった。

 

フランスの小説家・ユイスマンスの研究者で、大学講師であるフランソワ。順風満帆にキャリアを築き、新入学生と束の間の情事を楽しむ彼だったが、ムスリム政権誕生後、イスラム教徒以外の者は教壇に立てなくなったため大学を追われることに。ユイスマンスゆかりの土地を巡ったり、すでに改教を済ませた者たちとの邂逅を経て、イスラム教に入信し、再び大学へ戻る決心をするのであった…

 

ウェルベックの小説を読む楽しみの一つに、折々のテーマに即した記述に知的好奇心がかき立てられる、というのがあって、今回は、もしかしたら将来的にイスラム政権が誕生するかもしれないフランス及びヨーロッパの政治状況や、19世紀デカダン文化を代表する作家、ユイスマンスのことに多くのページがさかれている。

 

 

さかしま (河出文庫)

さかしま (河出文庫)

 

 

 

とはいえ読破してみると、やはりウェルベックらしい思想が全開であった。無教養である私がざっくり解釈すれば

「人間的苦悩から解放されるためには、思い切って巨大な何か(この場合はイスラム教)に”服従”しちまえばいいじゃん!」と。

 

それはある意味身もふたもない結論なのだが、個人主義が浸透し飽和点を迎えたヨーロッパに蔓延する一種の倦怠感、個々がバラバラになった故の寄る辺なさと孤独感を解決する劇薬は実は、時代錯誤とも思える家長制度・男性上位、そして神への絶対的な信仰を主とするイスラムの教えにあるのでは?という、極端ではあるがどこか説得力もあるウェルベックの皮肉交じりの問題定義、なのであった。

 

さらには、一夫多妻制が承認されている(地位と経済的余裕のある者に限られるんだろうが)イスラム社会。フランソワの上司である大学長が元々の妻の他に15.6歳の女性を娶っている描写を、そこそこの健康さとそこそこの社会的地位を持つ中年男性なら羨まずにはおれないだろう…おっと女性諸氏から非難轟々かも、ですな(苦笑)

 

物語は大学は追放されたものの、アラブ諸国からの潤沢な援助により生活に不自由しない年金を受け取ることになったフランソワが、結局わざわざ再び大学に戻るためイスラムへの改教を受け入れるところで終わる。決定的な思想の転換にも関わらず案外淡々としているフランソワの態度が、どこかそうした状況を待ちわびていたかのようで逆に印象に残った。

 

…しかしそういや、ここ日本でも個人の自由よりもなにか”大きい物語?存在?”への回帰的な動きが、社会の空気の中に見受けられることも増えてきて、読んでいて決して他人事ではないな、と感じたのだ(この時代に教育勅語がどうたら、なんて笑うに笑えないじゃないか)。

 

”絶対的な服従により、人間的な苦悩から解放されより幸福になれる”…行き詰まった現代に生きる者の心の奥底に潜む密かな願望を白日の下にさらすウェルベックはやはり本質的に”危険”な作家だな、と改めて思ったのだった。